■ 「尊敬できる大工である父。その背中を見て育った子供時代」

宮崎でも大きな家を建てていた父は、大阪へ来てからも、奈良県の吉野にあった小学校の校舎を大阪の門真に移築するなど、大きな仕事をしていました。
勤めていた工務店の社長さんにも信頼され、番頭をしていました。
その工務店から独立して個人で工務店を起こしました。
それが今の株式会社結城工務店の始まりです。


そんなある日、父があるお客さんの家で何気なく世間話をしました。
「私の家の隣に空き地があるから、職人を住まわすアパート(大阪では文化住宅といいます)を建てたい。」

結城誠と父.gif

すると次の日、そのお客さんから
「結城さん、ちょっと帰りに寄ってえな。」
と電話があり、父は何のことか見当がつかずとりあえず行くことにしました。


「はいこれ。」
そのお客さんは父に分厚い封筒を手渡してくれたのでした。

「これなんですか?」
とそのお客さんに尋ねました。

「昨日、借家建てる言うてたやろ。これとりあえず使ことき。」

35年以上も前に、当時のお金で200万円を貸してくれると言うのです!!
今のお金の価値では2000万円以上の価値があるかもしれません。


父はびっくりしましたが母と相談し、後日有り難くお借りしました。

そのお客さんは、父の家が何処にあるかも知らないはず・・。(住所はわかっていたと思いますが)
そんな父に大金を貸してくれたのです。

私はその話を聞くたび父の偉大さを思います。
はたして自分はそれほどお客さんに信頼されているのだろうかと考えさせられます。

私は子供の頃から、きざみ場(家を建てる前に土台や柱・梁などを加工する所)や現場が大好きで、休みの日には父について仕事を見たり、遊んだりしていました。
父の弟子は私の兄のような存在でした。住み込みの人や、通いの人がいていつも家の中はにぎやかでした。
今でも一緒に仕事をしている人もいます。


この幼少期の体験が、私の今後の人生に大きな影響を与えることになるのです。
(子供の頃の環境って重要ですね。)

投稿者 admin : 2005年5月27日 17:40